カレーとカワイクナイ騎士様



「ゴボウとキュウリの入ったカレーを作って下さい。」

「・・・・は?」

GOGのサウスガーデンハイツの台所に、非常にまぬけなシアの声が落ちた。

(いやいやいや!私が間抜けなんじゃなくて。)

唐突に降られた話題が悪いのだ、とシアはその問題の話題を振ってきた人物をじっと見つめた。

以前は白と赤というヒーローカラーに身を包んでいて、今はシャープな黒の騎士装備に身を包んでいる青年、リュート。

死んだかと思ったり、突然やたら格好良く現れたりしていちいちシアの心臓によくない・・・・シアの恋人だ。

しかし今回の問いかけは素直に意味が分からない。

とりあえず、久々のGOGで管理人仕事(主に雑用的な)に精を出していたシアの行動から自然な流れで出てくる言葉とは思えなかった。

ので、シアは大人しく聞いてみることにした。

「ごめん。もう一回言って?」

「だから、ゴボウとキュウリの入ったカレーを作って下さい。」

「・・・・・・・・・・は?」

聞いてもよくわからなかった。

眉を寄せるシアに、リュートはちらっと台所の扉の向こう、ダイニングのテーブルの方へ視線を走らせる。

GOGと現実世界の接続がまともになった今でも、そのダイニングテーブルにはAIであるハーミアやライはもちろん、ユリエやよっちも集う事があるのだが、今日はまだ誰も訪れていない。

つられるように、掃除をしていたシンクから顔を上げてシアも無人のダイニングテーブルに目をやった。

「ダイニングがどうかしたの?」

「・・・・ここで盛り上がっていたそうじゃないですか。」

「え?」

いつの話だ、それは。

そう問いかけて、シアは「あ、」と声を上げた。

「ゴボウとキュウリって、もしかしてリュートが居なかった時の?」

そういえばそんな事もあった、とシアは懐かしい記憶を引っ張り出す。

(どうにかしてリュートの居なくなるストーリーを変えようとしてたのが、先に進まなくちゃいけないって決めた時よね。)

まだこの世界がなんなのか思い出せずにいた頃、目の前でリュートが消えてしまった衝撃からなんとか立ち直ろうとしていた時。

それまでバラバラに好き勝手にやっていたハイツの住人やハーミアやライやよっちが、このダイニングテーブルに集まる機会が多くなった。

今思えば、あの頃はみんながシアの事を気にしてくれていたのだと思う。

気が付けばハイツのダイニングテーブルに、シアがずっと求めていた小さくて温かい人の輪が出来ていて。

ささいなやりとりがリュートが欠けて空いたシアの心の穴を優しく労ってくれていた。

「懐かしいなあ。」

隣にリュートがいて、今はそう言えるようになった思い出をなぞって微笑むシアに対して、そのシアの記憶を見ようとでもするかのようにリュートはダイニングテーブルを見つめたまま、ぼそっと言った。

「この間、よっちに聞きました。」

「え?何を?」

「俺の居なかった時の話を。」

そう言ってリュートは腕を組むと、ダイニングを見つめたまま壁に寄りかかった。

普段、わりとGOGで選んだジョブのようにきっちりしているリュートにしてはお行儀の悪い仕草に、シアは「おや?」と気づいた。

(なんか・・・・不機嫌?)

リュートはあまり喜怒哀楽が大きい方ではないが、それでも相手は恋人だ。

そう気づいて見れば、唐突な事を言い出した当初から不機嫌だった気がして、シアは首をかしげた。

(よっち、一体何を言ったんだろ?)

「リュートが居なかった時って、でもそんなに大した事はしてないはずだけど・・・・大した事した時のは聞かれちゃってるんでしょ?」

付け足した後半の言葉が示唆しているのは、音声記録として現実世界で母親にまで聞かれてしまった公開処刑ならぬ、公開告白の話だ。

あれから一年以上経つ今でも思い出すと心持ち頬が熱くなった気がしていると、シアに視線を移したリュートが淡く微笑んだ。

「そうですね。あれは俺にとっても大した事でした。・・・・顔、赤いですよ?」

「・・・・意地悪。」

指摘された頬を両手で押さえて軽く睨み付けると、リュートは「今更でしょう?」と口の端を上げる。

けれど、すぐにその機嫌の良い表情はさっきの顔に隠れてしまった。

「だから、別に大した事じゃないですよ。」

「よっちに聞いたのが?」

「はい。立ち話程度でしたし。ただ俺の居ない間、随分楽しく過ごしていたみたいじゃないですか。」

「え?」

「いつの間にか、このダイニングにみんな揃うようになったんでしょう?」

そう言って、ダイニングに顔を向けるリュートをシアはじっと見つめた。

(これって、もしかして・・・・)

「ハイツの顔ぶれや他のAIも揃ってご飯を食べたりとか。」

「・・・・・・」

「ユリエさんのお菓子でお茶をしてたとか。」

「・・・・・・・・・・・・」

「一緒に掃除をしたとか。」

「・・・・それで、ゴボウとキュウリの入ったカレー?」

ふつふつと心の底から浮き上がってくる笑いを堪えながら、そう言ったシアをちらっと見て、おそらくリュートは何かを悟ったのだろう。

とうとう、大きくため息をつくとあからさまに面白くなさそうに言った。

「『意外な組み合わせだったけど、シアちゃんが作ってくれたから美味しかったよ〜』・・・・と自慢されました。」

「ぶっっ!」

思い切り棒読みのよっちの物真似にとうとうシアは吹き出した。

「あはははっ!」

「・・・・・・・・・」

無言で睨まれても残念ながら全然怖くない。

(だって、これってっ)

「ふふっ、リュート。」

「・・・・・・・・・・・・はい?」

微妙な間の後、渋々という感じで答えるリュートと少し離れていた距離を詰めて、シアはその顔を覗き込む。

「あのさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

少し青みがかった黒の瞳の奥に見える、感情は。

「やきもちのやきかたが可愛くない。」

「・・・・別に可愛くなくて結構です。」

にやっと笑って言ってやった言葉に、ぷいっと顔を背けるリュート。

その横顔を見ながら、シアはこっそり舌を出す。

(うそ。可愛い。)

自分ではどうしようもなかった時間にやきもちをやいてくれた彼が可愛い。

どうやっても勝手にゆるんできてしまう口元に苦戦しながら、シアはリュートを見つめる。

(いつも毒舌で、無駄に格好良くて・・・・でも、こんな時は可愛い、なんて反則よね。)

もっと好きになっちゃうじゃない。

そんな事を考えている自分が少し恥ずかしい、と思いながら、それでも浮き上がってくる心のままにシアが目を細めると、それを横目で見ていたリュートがなんともバツが悪そうに言うものだから。

「さっきから、笑いすぎです。」

「そう?ふふ、いいんじゃない?笑顔は健康にいいって言うし。」

「人をからかう笑顔もですか。」

「うん。それこそすっごく私の健康とお肌に良さそう。」

にっこりと笑うシアに、リュートは一瞬何か考えて、唐突にひょいっと身をかがめると。















―― ちゅっ。
















「っっ!?」

頬に軽いキスをされて、今までの優位は一転、思わずのけぞるシアに、リュートは口の端を上げて言った。

「あなたはお肌の張りを曲がった笑いで保たなくちゃいけないようには思えないですが。十分、瑞々しくて甘いですよ?」

「〜〜〜・・・・私は果物じゃないもん。」

「そうですか?甘いって点では俺にとっては一緒ですが。」

(〜〜〜〜っ、前言撤回!やっぱりかわいくない!)

熱くなった頬を押さえたまま、シアは心の中で叫んだ。

やきもちをやいた時ぐらい主導権をこちらにくれても良さそうなものなのに、この騎士様ときたら、そんな気はさらさら無いらしい。

「そ、そんな事するカワイクない騎士様にはカレーなんか作ってあげない!」

でも。

「・・・・あ」

悔し紛れに叫んだ言葉に、「しまった」という顔をしたりするものだから、結局。

(・・・・くっそ〜。)

惚れた弱みと言われれば、絶対に反論できないけれど、申し訳程度にリュートを睨んでおいて・・・・シアは、こっそり付け足したのだった。

「・・・・でも、ゴボウとキュウリとその他諸々の荷物持ちをしてくれるなら作らなくも、ないかな。」

「それなら是非、ゴボウとキュウリと、愛情は二割増しでお願いします。

―― そう言って満足そうに笑う騎士様はやっぱり、カワイクない、と思うシアだった。















                                                〜 END 〜
















― あとがき ―
書き始めた段階で、リュートの反撃シーンはなかったんです。
なかったんだけど、書いているうちに「・・・リュートがこのまま可愛い騎士様で終わるはずがない」と思ってしまって(^^;)